境界性パーソナリティ障害(BPD)を考える

境界性パーソナリティ障害に関するインターネット上の言説を整理しています。

「承認」の6つのレベルと、その隠された効果

さて、前回に引き続き、今回も「承認」の重要性について書いていきます。というわけで、今回も境界性パーソナリティ障害(BPD)の方ご本人向けの記事ではありません。その周りにいらっしゃる方や、BPDでなくとも周りに悩みを抱えた方がいる、という人向けの、相手をどうやって癒していくか?という記事になります。

「承認」の有効性は前回書いた通りです。これは境界性パーソナリティ障害(BPD)の方への付き合い方という枠を越えて、悩んでいるすべての方に対する人付き合いの方法とも言うべきものだという気がしています。

前回書いたように、承認には6つのステップがあります。それをご紹介していきます。気になる方は、本を読んでみてください。

境界性パーソナリティ障害をもつ人と良い関係を築くコツ -家族、友人、パートナー、のための実践的アドバイス

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相手との関係でまずしなければならないことは何か

まず承認のもっとも重要な点は、相手は「本当はただ聞いて、君の反応が間違っていないよ、と言って欲しかっただけである」という点です。人が悩みを言い始めると、わたし達はすぐに「こうしたほうがいい」「ああすべきだ」などと、具体的な解決策を提示してしまいます。勿論アドバイスとしてそれが有効な場合はあります。

しかし、それは十分に信頼関係が構築できてから、次のステップで行うことです。人間関係を作るには、やはり相手への理解や共感という姿勢がとても大事になってくるのです。もし共感や信頼をしていて、相手のことを理解しているのなら、まず理解していることを言ってあげることが重要になるのです。

理解していないのに理解していると言わない

誰かを承認する時には、発言において誠実で、本気であることが必要不可欠です。多くの場合、ウソで承認をしても無意味です。ウソの承認は、「慰め」や「見下し」にとられてしまいます。そうすると結局「あの人はわかっていない!」という風にとられてしまうのです。

あくまで本心で承認できることにフォーカスしてください。ここでいう承認は、必ずしも相手の人への同意を意味しません。例えば、辛い思いがあったからといって、相手が自殺未遂を起こした場合に、「その気持ちには同意する」ということは、自殺未遂を正当化してしまいます。しかも、実際には辛いことがあったからといって、自殺未遂することには同意しかねるケースが大半でしょう。正常でない行動を正常なこととして扱うのは、承認できないことを承認することにつながってしまいます。こういった場合には、後で述べる承認のレベル4のように、「嫌な気分になったとき、あなたの場合はこうしてしまったんだね」と事実を客観的に伝えるようにしましょう。

承認の6つのレベル

さて、弁証法行動療法のなかで、マーシャ・リハネンは承認を6つのレベルに分けています。承認は感情的対立を抑え、人間関係をヒートアップさせないための非常に重要なスキルとなるので、この機会にぜひ身に付けるようにしてみましょう。

レベル1:意識し続ける(stay awake)

感情的に高ぶっている人を承認するのは中々難しいことです。第一に、自分が落ち着いている必要があります。我を忘れていては、相手を承認することができなくなってしまいます。

まずは、落ち着いて相手の話を聴くということが第一ステップです。前傾姿勢をとり、頷き、あなたが相手の話に注意を払ってあげていることを示すように、質問をしてください。要するに、まずは良い聞き役になる必要があるのです。

この時に重要なのが、価値判断的にならないことです。相手の話を聞いて、「なんてひどいんだろう」「なんて愚かなのだろう」と軽蔑するような態度は、必ず顔に出ますし、相手の言うことに対して良い・悪いという判断を下すのは禁物です。

価値判断的にならないためには、相手の人が言っていることに精神的に注意を払い続け、マインドフルネスになる、ということです。判断するという思考を手放し、事実をありのままに捉える訓練が必要です。

レベル2:鏡のように映し出す(reflection)

あなたがその人の発言を「正確に聞いているんだよ」ということを示すためには、相手にそれを伝達する必要があります。例えば、オウム返しなどはある程度有効な手法です。「私はそれについて~~と感じたんです」「そうですか、あなたは~~と感じたんですね」のように、ただ繰り返すのです。この単純なオウム返しは、幾分効果を発揮しますが、相手が落ち着いてくると、ただ単にオウム返ししているだけなのではないか、という疑念にとらわれます。

そこで、オウム返しから一歩進んで、相手のことを理解している、と伝えるには、言い換えの技術を使いましょう。「私は明日、就職面接で何が起こるかわかったもんじゃない!とても不安なの」と言われたときに、「なるほど、明日の面接は何が起こるかわからないから、それで不安で気分が悪くなっているんだね」というように、軽い言い換えで、自分の言葉に咀嚼してみるのが有効になります。

相手が落ち着いてくればくるほど、オウム返しは相手を苛つかせてしまいますので、言い換えにも工夫をもたせるようにしてください。ただ、相手のことを繰り返して理解を伝えていくことは、とても重要なコミュニケーションの一部といえます。

レベル3:はっきり述べられていないことに言葉を補う

本書では、これを「読心術」という風に表現しています。その人があなたに言っていないことについて、ちょっとした仮説をたてて、質問形式で表現します。

例:「あなたは昨晩の出来事のせいで、ひどく自分自身を責めているのではないですか?」

このように、相手が心のなかで抱えているが、うまく言えていないようなことを探しだし、ことばを補ってあげることで、相手に「この人は本当に理解してくれているのだ」という安心感を与えてあげることができます。

もし、ことばを補ってもそれが間違っていたとしたら、それでも前向きになる必要があります。例えば前の質問であれば、「昨晩の出来事は関係ないよ。自分自身を責めてもいない」と言われるかもしれません。そうであれば、またレベル1に戻り、相手のことを意識しながら、「では、本当に心配しているのはどういうこと?」という風に、聞き直すという態度に戻っていきましょう。

レベル4:個人史や生物学の観点で承認する

「あなたが経験したことから考えると、あなたが取っている行動は非常に理解できることである」と相手に告げてあげることです。本書では、稲妻を見るとクローゼットに逃げ込みたくなる人の例が上がっています。それは、その人の家が、嵐の中で火事にあって全焼してしまった経験がトラウマになっていたので、嵐がきたり稲妻がくると不安になってしまう、というものでした。このような場合には、次のように言えるでしょう。

例:「あなたがクローゼットに逃げ込みたくなる理由はよくわかります。嵐で家が燃え落ちてしまったんですから。稲妻を見ると不安になってしまうのは至極当然です。あなたの個人的な歴史の一部なのですから」

または、生物学的に承認するということもできます。例えば、アルコールを飲んで、なにか過ちを犯してしまったとき。我々はアルコールを摂取すれば、判断能力が鈍ることがわかっていますから、このようにいうことが出来ます。

例:「アルコールによって抑制が効かなくなってしまうことはあるので、飲んだあとに自分でも良く分からない行動をとってしまうことはあります」

レベル5:正常なこととして扱う

このレベルは、「他の人でも同じ反応をすると思う」ということを伝えることになります。感情的に興奮している人、例えばBPDの方は、自分は世界の中の異端者なのではないか、という感覚を人一倍強く持っています。ところが、客観的に見ると、「それはほかの人でもそうだよ」と思えることは、かなり多くあるのです。であれば、それを伝えてあげることが、感情の昂ぶりには非常に有効になります。例をいくつか挙げます。

例:「わたし達の誰でも、そういう風に感じる瞬間がありますよ」

例:「あなたのような状況なら、誰だってそういう風に考えます」

例:「私もそういう風に感じるでしょうね」

例:「それはとても正常な反応ですね」

レベル4で、嵐の恐怖を個人の歴史にもとづいて承認しました。もしレベル5の承認を使うのなら、「嵐は恐ろしいものだから、稲妻から逃げたくなる気持ちは殆どの人が持っているものだよ」と言うということになります。一つの事象に対しても、さまざまなレベルの承認を使い分けることができるのです。レベル4ではその人特定の事柄であるのに対し、レベル5では、人間全般そうであると言っているのです。

前述したように、時には「人間誰しも自殺未遂をするよね」とは言えないことがあります。このような場合には、レベル4の承認を使い、「あなたは、こういう時に身体を傷つけたくなってしまうんだね」というような承認をすることです。正常でない行動を、人間誰しもそうである、とは言えないからです。

レベル6:徹底的な誠実さ

すべての承認のレベルで鍵となるのは、誠実であることです。人々が承認をするとき、恩着せがましかったり、わざとらしかったり、ぎこちなかったり、見下していたり、親のように話したり、ということがあります。

難しいことかもしれませんが、相手を見下したり病気扱いしないで話してください。自分がなだめている「上の立場なのだ」と思いながら接すれば、必ず相手にもそれは伝わります。文字通り、徹底的に誠実である必要があります。相手を下におかずに、話すことが重要になります。相手のことを十分に能力のある人だと思い、いわば敬意を持って接することが大変重要なことになってきます。有能な人として接すれば、その人は必ずや有能な人としての尊厳を獲得できます。

 

わたし達は皆、悩んでいる時には承認を必要とします。承認という技術があると、すべての関係がよりうまくいくことが、科学的に明らかになっています。境界性パーソナリティ障害(BPD)の方以外の他者にも、こうした承認を行うことで、より関係が円滑に進むといってよいでしょう。他者との関係の中で、ぜひ実践してみてください。

なお、例では敬語を使い、少し堅い調子で言っていますが、一番重要なのは、普段と同じように接することだと思います。相手に、一種の「わざとらしさ」「ぎこちなさ」のようなものを感じさせたりしないよう、自分のコミュニケーションスキルを磨いていきましょう。

 

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