境界性パーソナリティ障害(BPD)を考える

境界性パーソナリティ障害に関するインターネット上の言説を整理しています。

「境界性パーソナリティ障害」という言葉について考える

この記事は境界性パーソナリティ障害を自覚し、改善に向けて努力している方に向けた記事です。特定のどなたかを指したものでもなければ、誰かを中傷しようとして書く記事ではありません。境界性パーソナリティ障害についての正しい理解とも限りません。あくまでインターネット上の意見の一つとして読んで下さい。

境界性パーソナリティ障害」という言葉の問題点

境界性パーソナリティ障害という言葉にはいくつかの問題点があります。
こうした言葉の問題点については、Wikipediaなどで言及があります。詳しくはそちらを見て下さい。

境界性パーソナリティ障害 - Wikipedia

かつては「境界性人格障害」と呼ばれていましたが、人格の部分がパーソナリティと変えられるなど、何度か名称変更がされています。
もともとは、英語で "Borderline Personality Disorder" ですが、"Personality" という言葉と「人格」という言葉の間には、実は大きな違いがあります。
英語圏の人が"Personality"という言葉を見聞きして思うイメージと、日本人が「人格」ときいて思い浮かぶイメージは、実は同じようでいて違う点が多々あるということです。
こうした「言葉に対するイメージ」の問題が、境界性パーソナリティ障害というものを理解するときに、大きな妨げになっているのです。

Disorderを「障害」と訳すことの弊害

例えばDisorderというのは、英語の定義からすれば「病気(illness)というほどは悪くはなく、病気と健康の中間ぐらいの意味合い」を指すことがあります。
従って、Disorderというのを単に「障害」と訳してしまうのはあまりよろしくないことだと思います。実際には日本人が「障害」という言葉から思うイメージよりはもっと気楽な病気であっても、重篤なものだというイメージを必要以上に埋め込んでしまうからです。特に患者本人に。

私としては勿論、「境界性パーソナリティ障害」という名称が今一般的に流通している以上はその名称を使わざるを得ませんので、その名称を使用して行きたいと思っています。一方、「境界性パーソナリティ障害」という名称は、本人や周囲への「注意喚起」という意味も含まれているのかもしれません。やはり様々なケースでは、本人や周囲の方が傷つき、悲しい思いをするケースがありますので、「ナメてはいけないもののうちの一つである」ことは間違いないのです。

ただ、今の日本の、インターネットを中心とするネガティブな認知についてはもう少しバランスが取られる事が重要であると感じます。正確な認知のためには、名称変更を是非医療関係者・学会の方にも再考していただきたいとお願いしたいのが、本記事の一番の趣旨になります。

「境界性パーソナリティ傾向」とするのはどうか?

どういった訳語が適切なのかはわかりませんが、例えば私なら"Borderline personality tendency" = 「境界性パーソナリティ傾向」という表現に置き換え、「境界性パーソナリティ傾向の程度が強く、社会に出るのに/家庭生活を送るのに支障をきたしている方」といったような使用をします。もっとも、これについてはもともとの診断基準を英語で作成している、アメリカ精神医学会に意見を言う話ではあるとは思いますが。日本語の運用ガイドラインを作成することはできないものでしょうか。

「境界性パーソナリティ傾向」とここで言っているような性格傾向というのは、人間なら誰しも持っているような性格傾向です。その程度が強いか弱いかという問題です。これは私のみが言っているだけではなく、英語圏のサイトを見ていると結構多く目にする意見です。

今回は「境界性パーソナリティ障害」という言葉からにじみ出るネガティブイメージの問題点について取り上げましたが、「不当に差別されている」などのネガティブなイメージを患者の方本人だけが抱いているわけではない、ということもあわせて理解して頂き、当事者の方はあまり多くのことを考えないようにされたほうが良いかと思います。まずは、今抱えておられる問題を、適切な医療機関のアドバイスのもと改善することがもっとも重要なことです。全てはそのための理解です。

また言葉の問題については、機会があれば取り上げたいと思います。

(参考サイト)
より翻訳の観点から正確に、この問題について論じています。

blog.goo.ne.jp

 

境界性パーソナリティ障害を考える上で参考になる書籍

この記事は、境界性パーソナリティ障害に「気付き」そして「治そう」としている方、及び周りの方に向けた記事です。特定の誰かに向けて書いた記事ではなく、誰かを中傷しようとする意図はありません。

今回は境界性パーソナリティ障害を理解するために役立つ書籍を紹介したいと思います。

必ず自分の頭で考えることが重要

こうした書籍を読まれるということは、少なからず境界性パーソナリティ障害についてなにかお困りの方があるのだろうと思います。その時気をつけることを先に述べておきます。

以下に挙げる書籍では、概ね3つのことが書いてあります。

  1. 境界性パーソナリティ障害の特徴
  2. 境界性パーソナリティ障害の改善
  3. 境界性パーソナリティ障害の周囲の人の接し方

こうした本を読んで感じることは以下のようなことでしょう。
「ああ、確かにこういう特徴が彼/彼女にはあるな!」→「彼/彼女は境界性パーソナリティ障害なのだ!」
境界性パーソナリティ障害は改善するのだな!」→「では自分でやってみよう!」
境界性パーソナリティ障害にはこういう風に接すればいいのか!」→「この本の通りに接してみよう!」

一つ一つコメントします。
まず、特徴だけ見て判断すること。たしかにこうした姿勢は一概に間違いとはいえませんが、境界性パーソナリティ障害について素人がたった数冊程度の本を読んで、ろくに専門教育も受けずに判断をしてしまうことは非常に危険と言わざるを得ません。境界性パーソナリティ障害の診断は専門家でも難しいといわれています。必ず専門機関で医師の診断を受けて下さい。その際には、今起こっていることを紙1枚ぐらいの分量でメモしていくと良いでしょう。その際、客観的な状況のみを書き、自分で何か判断するような記述は避けると良いかと思います。
次に、自分でやってみようとすること。これも上記と同じで、専門家の支援を得たほうが精神的にも負担が軽い場合がよくあります。
最後に、本の通りにすること。これが一番根が深い問題だと思うのですが、一口に境界性パーソナリティ障害と言っても、すべての人が程度が同じ境界性パーソナリティ障害であるということはありえません。その場合に、どのように接すれば良いのか、あるいは本人がどのように感じるのか、は個別の事情があるのです。こうした個別の事情を考慮せずに、「境界性パーソナリティ障害にはこうやって対処すれば良い」というマニュアル的なことを考えるのは、勿論役立つ面もあるのですが、いいことばかりではない、と思われます。

こうしたことをしっかりと自分の頭で考えるならば、以下の本は有用な手助けとなるでしょう。あくまで、「参考」書籍であることを常に念頭に置いて下さい。また、ご本人の改善に向かおうとする気持ち、そして実際の行動が一番大切だということを絶対に忘れないようにしてください。

境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書)

境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書)

 

 精神科医であり作家でもある著者自身も境界性パーソナリティ障害の方との交流経験があり、その経験も踏まえて書いた本です。境界性パーソナリティ障害の事例なども含めて、基本的なことが理解できるという評価が多いです。

 

境界性パーソナリティ障害は治せる!  正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)

境界性パーソナリティ障害は治せる! 正しい理解と治療法 (心のお医者さんに聞いてみよう)

 

 上記の書籍がやや難しいと感じる方には、絵や図表が多く、直感的に理解しやすいこちらの書籍が良い場合もあります。Amazonでは中身を少し見ることができるようですので、吟味してみると良いかもしれません。

 

愛した人がBPD(=境界性パーソナリティ障害)だった場合のアドバイス―精神的にも法的にもあなたを守るために

愛した人がBPD(=境界性パーソナリティ障害)だった場合のアドバイス―精神的にも法的にもあなたを守るために

 

特にご家族・恋人が境界性パーソナリティ障害であるという場合に特化した本です。海外の書籍の翻訳のため、いくつか(特に法的な点では)はあまり日本では役立たないと感じる面もありますが、ご家族の方の接し方、特に、いかに周囲の人が、気分を落ち着かせるかについてページ数を割いて書いてあるので、参考になるでしょう。

 

治療者と家族のための 境界性パーソナリティ障害治療ガイド

治療者と家族のための 境界性パーソナリティ障害治療ガイド

 

 境界性パーソナリティ障害について経験を積んだ精神科医による一冊です。事例についてもかなりのページ数を割いて、治療までの経過を具体的に書くという努力をしている本です。著者の境界性パーソナリティ障害の治療に対する理解は他の書籍と比べるとやや踏み込んだ印象で、社会への参加までを踏まえた改善のためのアドバイスが書かれている本です。いわゆる「家族療法」、家族が改善のために積極的に専門家のアドバイスを受け、家族自身も変わることが重要と述べており、一読の価値があるでしょう。

 

弁証法的行動療法 実践トレーニングブック‐自分の感情とよりうまくつきあってゆくために‐

弁証法的行動療法 実践トレーニングブック‐自分の感情とよりうまくつきあってゆくために‐

  • 作者: Matthew McKay,Jeffrey C.Wood,Jeffrey Brantley,遊佐安一郎,荒井まゆみ
  • 出版社/メーカー: 星和書店
  • 発売日: 2011/06/24
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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毎日おこなう弁証法的行動療法自習帳

毎日おこなう弁証法的行動療法自習帳

 

  境界性パーソナリティ障害を抱えている方の中には、地方に住んでいるなどの理由で専門医の治療が定期的に受けられないというケースがあるかもしれません。境界性パーソナリティ障害の改善で重要なのは、ご本人の改善に向かおうとする努力であることは変わりありません。いわば、もう一度赤ん坊の自分を育てなおしていくような行為に近いものであるという話もよく耳にします。そうした場合には、上記の書籍2冊でトレーニングをしてみるのもよいでしょう。

以上、数冊の書籍を紹介しました。
最初に述べたことの繰り返しになりますが、必ず「自分のケースではどうなのだろう?」ということを常に疑問に思い、専門家のサポートを受けること。また、本を読んで知識を得て満足するのではなく、改善に向かおうという実際の努力をすること、を必ず忘れないようにしてください。直ぐに改善するわけではなく、数年間はかかることもありますし、一定のつらさを経験することにはなるかもしれません。しかしその後の人生はきっと実り多きものになると思います。

境界性パーソナリティ障害における「治る」とは

今回は境界性パーソナリティ障害を改善しようとしている人についての私見を書いていきます。境界性パーソナリティ障害かどうかの医学的診断を受けていない方や、改善を特に目指していない方については対象としておらず、特定の誰かについて書いた文章でもありません。

境界性パーソナリティ障害における「治る」とは

そもそも、境界性パーソナリティ障害が「治る」とは何を指すのでしょうか。

黒田章史著「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」によれば、境界性パーソナリティ障害(BPD)を治療するとは、「深刻な社会的機能不全を改善すること」が目的です。

治療者と家族のための 境界性パーソナリティ障害治療ガイド

治療者と家族のための 境界性パーソナリティ障害治療ガイド

 

従来は、例えば不安や躁鬱、暴力などの症状を「軽減する」ということが境界性パーソナリティ障害の治療とされてきました。しかし、「症状の軽減」を達成するだけでは、患者本人は社会に生きる人間として自立できるかどうか分かりません。単に刺激の少ない環境、言ってしまえば「引きこもり」になってしまえば、社会の誰とも接することがないわけです。社会の誰とも接しなければ、傷つくこともないわけです。
ただ、社会の誰とも接しないと、それはそれで寂しくなってしまうのがBPDの特徴ではあるので、BPD患者はそのはざまで苦しむことになります。

しかし、ここが重要なところなのですが、BPD患者を隔離した状況にしておけば、苦しむのはBPD患者だけで済むのです。誰かが巻き込まれてしまうことがない。だからこそ、社会に出て苦しむよりはむしろ、社会に出ないで苦しむほうが社会にとっては良いことのように捉えてしまう人も多いのが現実です。賢明な読者の方ならお分かりの通り、これは単に「社会が現実逃避をしている」というだけで、何の問題解決にもなっていない、ということがわかるでしょう。単に今の社会に合わない弱者をとにかく振り落として、スピードを落とさず進む特急電車と同じです。少し社会の方からも、歩み寄っていく必要があるでしょう。

話を戻しましょう。したがって、境界性パーソナリティ障害を持つ方にとって重要な「治る」ということの定義は、私自身は、先にあげた「深刻な社会的機能不全の改善」―すなわち、「社会で周りの人とどうにかこうにかうまくやっていき、落ち込んでしまったりすることはあるのだけど、なんとか自分の生きる歓びを自分で見出し、人間らしく社会的・経済的・精神的に自立した生活が営めること」という程度まで持っていくこと、であると思っています。

「治る」為に重要なこと

「治る」というよりは、表現としては「改善する」のほうが正確かもしれません。いずれにしても、境界性パーソナリティ障害を克服し、社会に出ていくことは、大変かもしれませんがそれだけ価値のあることです。
このために重要な事は何でしょうか。それは、まずは「気づく」ということです。あなたの苦しみの原因に気づき、その治療に向かうこと。あなたが人とうまく関係性を築けないのはなぜなのか。あなたはどうしてそんなに繊細なのか。もし治したいのなら、決して楽な道ではないかもしれません。しかし、いずれにしても気づくことが改善の第一歩なのです。そして、適切な医療機関に、できればご家族やパートナーの方と一緒に相談することです。ご家族の方やパートナーの方は、いわゆる救済者幻想―自分の力でなんとかなる、と思うことを止め、改善の実績のある医師に相談することが重要と考えています。

この視点に関連して、次回は「悪循環」「正当化」というキーワードで、境界性パーソナリティ障害がなぜ治りにくいのかということについて書いていきたいと思います。

境界性パーソナリティ障害にまつわるインターネットの風説の「功罪」

このブログは境界性パーソナリティ障害について個人的な意見で考えるブログです。特定個人の中傷を目的としたブログではありません。知識が必要な場合、専門の医療機関、書籍などを参照してください。特定個人の悩みについても、ここでは取り扱うことはできません。

今回は、境界性パーソナリティ障害に対するインターネット上での偏見について書いていきます。

境界性パーソナリティ障害に対する言説

境界性パーソナリティ障害についてインターネットで検索すると、沢山の言説が出てきます。中には、役立つような言説もあります。しかし中には「ここまで来ると差別ではないのか」というような言説もあります。具体的な言及は避けたいと思います。
勿論、そうした言説が、境界性パーソナリティ障害の方と関わった人がつらい思いをした上での、個人の経験から来ていることは間違いありません。しかし、個人の経験から得たことは個人の経験でしかありません。
やや「境界性パーソナリティ障害だから」という理由での「差別」や、「勘違い」「社会からの無視」が加速しているような気がしています。

インターネットにおける「境界性パーソナリティ障害」の2つのケース

思うに、インターネット上で「境界性パーソナリティ障害」「ボーダー」と呼ばれている方には、二通りあるような気がします。
すなわち、
①専門の医療機関を受診し、医療機関から「境界性パーソナリティ障害である」という診断を受けているケース。そして、
②周囲がその人の特徴から、「境界性パーソナリティ障害である」「ボーダーである」というレッテルを貼るケースです。

この2つのケースを混ぜて話すことはあまり良いことのように思いません。
②のようなケースは、そもそも単に「わがまま」「寂しがり」「甘えん坊」といった特徴に対して、大袈裟・あるいは差別的に「境界性パーソナリティ障害」「ボーダー」と周囲がレッテルをつけている、というような心ない用法が目立っています。そもそも、境界性パーソナリティ障害であると本人が公言しているケースはそう多くはないはずなので、多くの場合はこのような「レッテル貼りによる差別」であるのではないかと私自身は推測しています。

もちろん、②のようなケースでは、確かに「本当に境界性パーソナリティ障害の診断基準を満たすものの、本人の自覚がなく、周囲のアドバイスも拒否するため、なかなか救えないケース」があるのは事実でしょう。しかし、①のように、境界性パーソナリティ障害であることの診断を受けているケースでは、本人がそれを「治したい」と思い、適切な改善を行っていければ、治っていくケースが多い事が分かっています(診断を受けても、治そうという意思がない・行動をしないというケースはまたやや別ですが)。

ですから、①と②のケースは全く違うものです。しかし、これを一緒くたに語り、社会から爪弾きにしてしまうことが増えてきています。境界性パーソナリティ障害で苦しんではいるが、改善しようと努力している人々に対して、過剰な苦しみを与えてしまうのはやり過ぎでしょう。

境界性パーソナリティ障害は改善していくものである」という言説は、あまり日本語での文献がありません。が、Quoraなどの海外のQ&Aサービスなどや論文を見ますと、「境界性パーソナリティ障害」は、日本とは非常に違った捉えられ方をしていることがわかります。例えば、境界性パーソナリティ障害の「弁証的行動療法」を提唱した心理学者のマーシャ・リハネンは、自身も境界性パーソナリティ障害であったことを告白しています(彼女の腕や手首には、火傷を含むいくつもの傷があります)。

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しかしながら、彼女は彼女のやり方で社会とうまく付き合っていくやり方を最終的に選択できました。何も心理学者や医者になる必要も、何かを告白する必要もないと思います。ただ、彼女のような例を見ていると、境界性パーソナリティ障害であるということは必ずしも社会から爪弾きにされなければならないということを示しているとは思えません。
また、境界性パーソナリティ障害の方でも当然インターネットを使いますから、自分のような人間がどのように社会から見られているか、ということについて、知ってしまうことになります。こうしたことを知ることは、症状を自覚し改善することにもつながりますが、同時に、いわれのない差別をされているという感覚を与える事にもなってしまいます。

例えばあなたが日本人で、海外に行った時のことを考えてみてください。海外のお店に入ったら、「日本人はお断り」と言われてしまいました。店主は、「日本人に昔嫌なことをされた。日本人を見たらとにかく逃げること。連絡をとらないことが大事なのだ」と言っています。どう思うかどうかわかりませんが、こうした対応に対して、「そういう迷惑な日本人もいるかもしれないが、すべての日本人が嫌なやつだと思うのは、理解が足りない。いわれのない差別である」と思うのであれば、境界性パーソナリティ障害の方が感じている思いが少しは理解できるのではないでしょうか。

境界性パーソナリティ障害の克服は、自覚から始まる

上でも書いたように、境界性パーソナリティ障害を改善していくには、まず自分のことをなるべく客観的に自覚し、「少し衝動的だったな」とか、「こんなことで傷つかなくていいはずなのに、なぜこんなことをしてしまうんだろうか?」という感覚を持つことが重要になります。そして、カウンセラーなどの専門家とよく話す機会を持つことです。

では、それを周囲の人が指摘すべきかどうか?ここが難しいところで、境界性パーソナリティ障害の方は非常に繊細で傷つきやすいという特徴を持っている方もいます。そうした場合には、人からの「普通の指摘」がかなり重いダメージになってしまうことがあります。ですから、できれば境界性パーソナリティ障害の方は「自分の何が社会とあわないのか」ということについて自分で気づく必要があります。

したがって、境界性パーソナリティ障害の特性を持つ方(または、そうかもしれない方)との関わりの中では、何らかの方法で、彼ら(彼女ら)に自分で気づいてもらうための「ヒント」を出していくようなこともひとつの手になるでしょう。

その辺りは、確かに普通の人間関係を構築するより大変かもしれません。「なぜそこまでやらなきゃならないのか」という思いを抱く方もいるでしょう。もちろん、「この人とは友達になりたくないな」「恋人としてやっていけないな」と思うことは個人の自由なので、連絡を断つことも個人の自由にしていいのだとは思います。

しかし、そうした人をインターネットで過度に中傷することはもう、必要ないのではないでしょうか。

はじめに

このブログは境界性パーソナリティ障害について考えるブログです。何かを得意気に語ることや、特定個人の中傷を目的としたブログではありません。知識が必要な場合、専門の医療機関、書籍などを参照してください。特定個人の悩みについても、ここでは取り扱うことはできません。

境界性パーソナリティ障害との診断を受けた方へ

あなたのことを全く知りませんので、アドバイスが適切かどうかわかりません。ただ、ひとつ言えることは「適切な医療機関にかかり、しっかりと社会に出るためのトレーニングをし直していけば、あなたは必ず治っていく」ということです。
「どういう行動を今までしてしまっているのか」をノートなどに書き留めたり、お医者様・カウンセラーの意見を求めたりすることが重要です。
今まで自分の性格の謎が分からず、大変苦労をされたことでしょう。境界性パーソナリティ障害について、あまり多くを理解しようとする必要はありません。なぜなら、不必要に落ち込んでしまったり、自分の中で暗示をかけたりすることがあるからです。適切な医療機関でのしっかりした治療を受けていくことをおすすめします。
あなたの唯一の目標は、社会で適切な人間関係を構築しつつ、精神的にも経済的にも自立していくことです。そのためには、自分の中にある衝動的な部分をうまく抑えるようなトレーニングをしていくことが重要です。そのトレーニングは、自分の中だけで解決するのではなく、なるべく社会の中で受けていくことが適切だと思います。最初は難しいと思いますので、なるべく境界性パーソナリティ障害のことを良くわかっている専門のお医者様の中で、相性の良さそうな方を見つけてトレーニングをしていくのが良いのではないでしょうか。これ以上の情報はこのブログにはありません。

境界性パーソナリティ障害の方と恋人関係、家族関係、友人関係、その他何らかの関係を持っている方へ

今まで本当にお疲れ様です。境界性パーソナリティ障害のある本人も悩みを多く抱えていますが、周りの人もどう付き合えばいいのか、インターネットの情報に過度に振り回されたり、必要のない自責の念・罪悪感を抱えてしまったりしていることでしょう。
境界性パーソナリティ障害の方と付き合っていると、自分の価値観がゆらぎ、何が正しくて何が間違っているのかが徐々にわからなくなってきます。一つ重要なのは、あなたの心身の健康を守ることです。
ストレス要因になっていることを書き出してみましょう。そのために対処すべきことは何でしょうか?もはや何もわからなくなっている場合、あなた自身も適切な医療機関でのアドバイスを受けることが必要です。
このブログでは、「境界性パーソナリティ障害」について私見を書いていきますが、なるべく中立的な意見を心がけたいところです。ただし、過激なケースではもはや人間の対処できる限界を超えているケースがあると思いますし、このブログを書いている私自身は専門家ではないので、根本的にはあなたの役に立つことはできません。
きっと、境界性パーソナリティ障害の方との関係で悩まれているあなたは、元来心のやさしい方なのでしょう。困っている人を見るとほっておけない。その優しさは大事だと思いますが、まずは自分が健康でいなければ、誰も助けることはできません。一度、落ち着ける場所に「逃げる」ことで、落ち着いた頭で考えてみるのも重要でしょう。